大判例

20世紀の現憲法下の裁判例を掲載しています。

広島高等裁判所 昭和51年(く)30号 決定

主文

本件即時抗告を棄却する。

理由

本件即時抗告の趣意は申立人及び弁護人開原真ら共同作成の即時抗告申立書記載のとおりであるから、ここにこれを引用する。

これに対する当裁判所の判断は次のとおりである。

論旨は要するに、(一)原裁判所は昭和五一年一二月二四日の口頭弁論期日において、弁護人が証人滝本りつ子、同沖田孝、同松島静枝の各尋問を請求したにもかかわらず、証人松島静枝のみを採用し、かつ尋問時間を一〇分とする極端な制限を行い、予め用意した決定書に基き口頭弁論終結後一五分にして即座に原決定を告知したものであつて、実質的には刑事訴訟法三四九条の二第一項に違反して、弁護人及び申立人の意見を聴かないまま決定したものというべく、この点で原決定の手続には違法があり、(二)また原決定の告知の前に、刑事訴訟規則二二二条の九第八号所定の調書が作成されていないから、この点でも前同様の違法があり、(三)さらに原決定は、申立人が執行猶予者保護観察法五条各号所定の遵守事項を遵守せず、その情状重きときに当ると認定しているが、申立人の右不遵守は極めて軽微であつて到底執行猶予の言渡を取り消さねばならないほど情状の重いものではなく、この点原決定は事実を誤認しており、(四)なお原決定は、刑法二六条ノ二第二号、刑事訴訟法三四九条の二第一項を適用しているが、その理由中で「昭和四九年三月二日傷害事件を犯し罰金六万円に処せられた」旨判示しており、右事実が本件取消に重要な比重をもつことは否定できないところであるから、原裁判所は本件が刑法二六条ノ二第一号の事案であることを知りながら同条二号を適用したものと解され、従つて原決定には法令適用の誤りがあり、(五)また申立人に対する執行猶予の言渡を取り消した原決定は、憲法一四条、三七条に違反するから、このような違法不当な原決定の取消を求める、というのである。

そこで所論にかんがみ、一件記録を調査して順次検討する。

(一)の主張について。

原裁判所の口頭弁論期日において弁護人が証人三名の取調を請求したところ、原裁判所は証人松島静枝のみを採用したことは所論のとおりであるが、証人の採否は原裁判所の裁量に属するところであり、右証人のみを採用し他を却下したからといつて違法といえないことはいうまでもない。また所論は、証人尋問の時間を原裁判所が一〇分間に制限したと非難するが、原裁判所が右のような制限をしたか否かは一件記録上不明であり、仮に所論のとおりとしても、右証人松島静枝は申立人の実母であり、要するに申立人の情状に関する証人であるから、一〇分もあれば十分尋問できるというべく、原裁判所が尋問時間を所論のように制限したとしても違法とはいいがたい。さらに所論は、原裁判所は実質的には弁護人及び申立人の意見を聴かないまま決定した違法があると主張するところ、一件記録によると、原裁判所は申立人の請求により昭和五一年一二月二四日口頭弁論を開き、同日申立人及び弁護人の意見を聴き、証拠調及び申立人に対する質問等をして即日原決定の告知をしたことが認められ予め決定書の原稿を用意していたものと推認できる。しかしながらこのように口頭弁論を開くのは、執行猶予言渡の取消手続の適切な運用を期するため、決定をするに当つての「事実の取調」を当事者立会のもとに行おうとするものにほかならないが、口頭弁論期日に提出される資料は伝聞法則の適用を受けないものと解すべきであるから、口頭弁論を開く前から、少くとも口頭弁論期日に検察官が請求するであろう資料は殆どすべて原裁判所は予知できるのであり(刑事訴訟規則二二二条の五参照)、これら資料に基いて予め決定書の原稿を用意していても、口頭弁論期日における申立人の意見や供述、あるいは新たな証拠調の結果により、原裁判所がそれまでと異る判断に至ることも考えられ、そのような場合にはあらためて再度の考案をすることにならざるを得ないが、口頭弁論を経ても原裁判所の判断に変更がなければ、予め用意していた決定書の原稿に基いて直ちに告知しても、決定の告知時期について格別の定めもない以上なんら差支えないというべきである。

(二)の主張について。

原決定が前記のとおり、即日告知され、刑事訴訟規則二二二条の九第八号所定の調書がその翌日である昭和五一年一二月二五日に作成されていることは一件記録上明らかであり、従つて原決定の告知前に調書が作成されていないことは所論指摘のとおりである。ところで右二二二条の九第八号は「口頭弁論については、調書を作らなければならない。」と規定しているだけで、いつまでに作成すべきかについては全く触れていないので、公判調書に準ずるのが相当と考えられるが原決定の告知前に調書が作成されていないからとてそのことは未だ原決定に影響を及ぼさないものと解するのが相当である。

(三)の主張について。

申立人が執行猶予者保護観察法五条各号所定の遵守事項を遵守しなかつたことは所論自体認めているところで、要はその情状が重いか否かであるが、一件記録によると、原決定がその理由二の(一)ないし(四)において説示しているとおりの事実が認められ(但し(四)の1の一行目中「深夜」とあるのは「午前零時ごろ」と訂正する)、これら事実に照らすと、申立人の遵守事項の不遵守は刑法二六条ノ二第二号にいう「その情状重きとき」に該当することは明らかというべく、原決定に所論のような誤認はない。

(四)の主張について。

原決定が刑法二六条ノ二第二号、刑事訴訟法三四九条の二第一項を適用していること、その理由中で申立人が「罰金六万円に処せられた」旨判示していることは所論のとおりであるが、だからといつて、原裁判所が刑法二六条ノ二第一号の事案であると知りながら同条第二号を適用したというのは原決定を曲解したものであつて、原決定に所論のような誤りは存しない。

(五)の主張について。

所論は、原決定が憲法一四条、三七条に違反するというのであるが、一件記録並びに原決定を精査しても所論のような違憲事由を見出すことはできない。

以上のとおり、原決定に所論のような違法はなく、また前記「(三)の主張について。」のところで述べたような事実によるともはや保護観察によつては申立人の更生は期待できないものと認められるから、所論指摘の事情を考慮しても、申立人に対する刑の執行猶予の言渡を取り消した原決定は相当で本件即時抗告は理由がない。

よつて刑事訴訟法四二六条一項に則り、本件即時抗告を棄却することとして、主文のとおり決定する。

自由と民主主義を守るため、ウクライナ軍に支援を!
©大判例